9回目の命日 (息子の最期の記録)

風がビュンビュン吹いて寒い寒い!

今日は息子の9回目の命日

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おかげさまで、今日は幸多のトリミングの日で、朝からシャンプーして大忙し。(シャンプーはしてもらえないので、家でしてから出かける)


トリミング終了後は、畑の水やり。

焼酎のペットボトル3本をワンコカートにのせて運び、帰りは「乗って帰るもん!」という幸多を乗せて。

幸多「オイラのカート、大荷物(;´Д`A ```」
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息子がいなくなって9年経っても「いったいどこに行ってしまったんだろう・・・」と思います。

本当に、亡くなるとどこに行ってしまうのでしょう?


息子が亡くなってすぐの頃、“あちらの世界がわかる方”がご親切にも教えてくれましたっけ。

「ゆうくん(息子)、うちの階段で座ってるよ。あちらの世界でも歩けないままだから」って。

「歩けないままだから」って・・・。

あまりに残酷な言葉。


毎日身体的に辛いことが多かった息子。

あちらの世界では、楽に、そして自由に動きまわれていると信じたい。


言われた言葉をいつまでも恨みに思っているわけじゃありませんけど、悲しみに打ちひしがれている時は、人の言葉が矢のように突き刺さりがちなのです。

もう一つ言われて嫌だった言葉は、「いつまでも悲しんでたらゆうくんは成仏できないよ」と言われたこと。

励ましのつもりでそう言っていることはわかるのですが、私がどんな状態であろうが息子は成仏します!

好きなだけ泣かせてくれたっていいではないか。




息子が亡くなった直後、「書いておかないと全部忘れてしまうかも」と思い、書き綴ったものがあります。

以前のブログには載せていましたが、今はそのブログは存在しないので、表には出ていません。


うっかり者の私のこと、大事な記録を削除してしまうことも有り得るので、ここに載せておこうかと。

息子の亡くなった直後から火葬までの記録です。

読みたい方だけお読みください m(..)m




その1

雄大は、毎年春先になると、ひどいアレルギー状態になっていた。
3月21日(金)から、鼻水・痰がひどくなる。
たまたま金曜日の夕方は往診の先生が来られ、診察を受ける。
金曜日、夜から高熱。
高熱と喘息で呼吸が苦しい。
もちろん、薬は服用。 座薬も使用。吸入も吸引も。
座薬で日中は熱が下がるが、夜にまた上がることを繰り返す。
眠れない雄大。
緊張も激しく・・・。

23日は、チチに夕食を食べさせてもらって、たくさん食べられ「明日は元気になるね」と言っていた。
夕食後、信じられないほどの大量の便・・・・・・。
今から思えば、それは宿便だったのかも・・・・・・・・。

私は23日の日記を書いたあと、ベッドに寝た雄大の横に座って吸引三昧。
24日に日付が変わった頃、首の後ろに手を入れて深く吸引(鼻からチューブを入れる)しようと思ったら、グッっと言った瞬間から雄大は息をしなくなった。

横に寝ていたチチも慌てて起きて「ゆうくん!ゆうくん!」と叫ぶ。
何かが詰まったと思い、鼻や口の奥深くまでチューブを思いっきり突っ込んでみたけど、血がチューブに上がるばかり。

チチに救急車を依頼。
後の記録によると、119番したのが12時10分。
救急車到着まで、もちろん必死に人工呼吸やら心臓マッサージ。
だけど、呼吸しない。

確認の電話ばかりで、救急車がなかなか来ない・・・・。
(後でわかったのだが、同時刻に救急車の要請がすぐ近所であったらしい・・・)
やっとサイレンが聞こえたかと思ったら、家の前までは来ず、少し離れた線路沿いで止まっている。
呼びに走って、救急隊員が何人も家に入ってきた。

AED装着。
心臓マッサージしながら救急車へ。

一番近くの市民病院に行き、ドクター、「歯が折れるかもしれませんが」と挿管。
心臓マッサージを続けてくださるが・・・・変化なし。

何度も言うが、雄大は病院が大嫌い。
早くおうちに帰りたいに違いない。
「もういいよね?」とチチに言うとうなづく。

先生に「ありがとうございます。もう終わってください。」と言うと「でも、これを止めたら駄目になってしまいますが・・・」と。
それでも「はい。結構です。」と言うと、先生、手を止める。
その瞬間、「ゆうくん・・・・!!」と泣き崩れた私。

が!足元にいた看護師さんが「反応出てます!」と!
先生、再び心臓マッサージ。
「もしかして、もしかして、雄大奇跡を起こした?!」と思ったけれど、やはり・・・無理な様子。
「もうゆうくん、頑張らなくてもいいよね?」と言うと、チチ泣きながらうなづく。

先生に再び「もう終わりにしてもらって結構です」と言い、先生も手を止める。
瞳孔を確認し、時計を見て「午前1時31分でした」。

雄大が完全に天国に旅立った瞬間。


その2

雄大が完全に天国に旅立った後、雄大は看護師さんの手で綺麗にされて、その間、別室に呼ばれた私とチチに、ドクターはいろいろどんな状態だったかを尋ねられ、最後に解剖のお伺い。
これはお友達からよく聞いていたから、その答えは私は決まっていた。

「はい、お役に立てるのなら、この子もそれを望むはずですからお願いします。」。

しかし・・・・チチは「今まで体に傷をつけずにきたのに、最後の最後で怖い思いさせるのは可哀そうでたまらない・・・」と・・・。
雄大の場合、今回の死因を調べるためだけではなく、小脳を取り出し調べるため、頭部を大きく切り開かれることになるから、顔が変わってしまうという問題も・・・・。
残念だけど、チチの気持ちを尊重して、解剖はお断りした・・・。

そこからは事務的なこと続き。
斎場をどこにするかで、お迎えの車の業者さんも決まるそうで。
互助会に加入していたところでお願いし、霊安室で業者さんを待つ。

霊安室・・・・これが噂の霊安室。
そこに白いお着物(簡単なもの)を着せられ、ストレッチャーに横たわっているのは、何故か雄大。
そう、「何故か」なのだ・・・。
どうして、雄大が?どうして雄大が?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

業者の方が到着したのは午前3時30分。
斎場の控え室に着いたのは、午前4時近く。

チチの方は姉・兄の家族と母親がいるけど、私の方は誰ひとりこういう場に呼べる人がいない。
親族の控え室といっても、雄大を囲むのは数人・・・・。
このままひっそりと雄大を送り出そうか・・・・。
でも・・・・お礼を言わなきゃならない人はたくさんいるし・・・・・。

悩んでいるうちに、斎場の担当者が登場。
結局はお世話になった方々にお知らせすることに。

が・・・・自宅に寄っていないため、連絡先がわからない・・・。
しかも、明後日の26日が友引になるから、今日24日の夕方にお通夜、25日に告別式!
雄大とゆっくり過ごせる時間など無いのだ・・・・・・・。


その3

病院から斎場に着いたのが24日午前4時。
お通夜は午後7時から。
それなのに、朝の8時には納棺・・・・。
そんな馬鹿な・・・・。
納棺してしまったら、雄大を抱くこともできないじゃないか・・・・。
ついさっきまで家のベッドに寝ていた雄大なのに。
なんとかお願いして、納棺を午前11まで延ばしてもらう。

「友人達に早くお知らせしなきゃ、雄大にさわってもらえない!」と思っても、早朝電話するのははばかられ。
朝食を食べるような時間になってから、あちこちに電話&メール。
そのたびに驚かれ泣かれ、私も涙が止まらず。

そうこうしていたら、斎場近くに住んでいて子どもさんを亡くされている友人が控え室に来てくれた!
続いて「仕事なんてしていられないから休んできた」と友人二人・・・・。
その三人が、駆けつけてくれるような身内のいない私の身内になってくれた。

連絡を受けて駆けつけてくれた、訪問の先生達や、お世話になったヘルパーさん達・・・・。
どなたも涙涙・・・。
だって、雄大、口もとが笑っているんだもの・・・・・・・。
本当に本当に穏やかで可愛い笑顔・・・・・・。

本当に雄大、死んじゃったの? 
びっくりさせようと死んだマネをしているような、いたずらっ子な笑顔・・・。

でも・・・・やっぱり雄大は死んでしまったのだ・・・・・・。
雄大の顔が、ところどころ黒く変色しはじめてきた。
耳なんて真っ黒・・・・。
体にはガスがたまり、顔はどんどん大きくなってきて、鼻からは、体液が拭いても拭いても流れおちてくる・・・。
それを、「ゆうくん、拭いても拭いても洟垂れだね」と自分の持っていたティッシュでせっせと拭いてくれる友人・・・・(ToT)
なんてお礼を言っていいのか言葉も見つからず。
私は、そういう友人たちの姿に涙がこぼれ止まらず・・・。

それにしてもお母さんが諦めつかないといけないからって、そんなに急いで変身しなくたって・・・・。

11時、【湯灌の儀】。
清拭だけで終わることが多いみたいだけれど、雄大の斎場は湯灌をしてくださる。
運ばれてきた、移動入浴のゴージャス版の浴槽!

雄大、仮住まいのときに移動入浴を利用したことがあるけど、とっても嫌いだった。
でも、今の雄大は気持ち良さそうに横たわり。
良かったね、最後にゆっくりお風呂に入れてもらえて!

湯灌の儀は、柄杓と桶を持ち、一人ずつ順番に足先から胸元まで水をかけるのだ。
仮身内の友人三人も、それに参加してくれて・・・。

その後、真っ黒になってしまった顔に、厚化粧。
唇も変色が激しいから濃い目に紅をさし。
おかげで、見違えるように綺麗になった。
こういうお仕事を、心をこめてしてくださる方がいることに感謝。

綺麗な白いお着物を着せてもらい、生前は力が入ってうまく組めなかった指を、上手に組み、まっすぐに横たわっている雄大。
「これで棺にお入りになるので、お一人ずつ最後のご挨拶をどうぞ」と。
みんな涙。
一人ずつ涙で雄大にご挨拶・・・・。


雄大に会いに来てくださる人達、皆それぞれに泣いては.、また思い出話で笑ってはして帰って行かれた。
雄大、こういうのを望んでいただろう。

雄大の人生、本当にこんな時までも泣き笑い。


その4

お昼頃、雄大は綺麗にしてもらってお棺に入った。
ドライアイスをたくさん入れてもらったから、もうこのままの状態でいられるだろう。
棺に入ってしまったら、もう触れない。

私は、友人にお願いして、車で喪服等をとりに帰宅。
部屋の中は雄大が救急車で運ばれて行った時のまま・・・。
リビングには吸引器が。
中には雄大の痰が・・・。
確かに生きていた、あの時。
そんなに前のことではないじゃないか・・・・。
それがどうして、今は喪服をとりに帰らなきゃならないのか・・・?

横の部屋のベッドの上は、雄大を慌てて抱きおろしたためのシーツの乱れがそのまま・・・・。
まざまざとあの瞬間がよみがえる・・・・・・。
胸の中を掻きまわされるような辛さ。

でも、もたもたはしていられない。
雄大が亡くなったことを皆さんにお知らせしなきゃ!
とりあえず、パソコンを開き、用件のみを書き込む。

再び、斎場にとんぼ返り。

頭の中に霧がかかっている。
もう何日眠っていないだろう?
金・土・日・・・まだ三日か・・・・。
でも、これから乗り越えなきゃならない儀式を、私はちゃんとこなせるのだろうか・・・・。

三人の仮身内の友人達も、7時からのお通夜のためにいったん帰宅。
寂しい・・・・心細い・・・・触れない雄大に「ゆうくん・・・ゆうくん・・・」とつぶやき続ける。

でも、そんなひと時後、遠くからネットの身内(?)がご主人と息子さんを連れて来てくれた。
この身内には、雄大が亡くなってすぐ、病院の廊下でメールしたのだ。
この身内なら夜更かししているに違いないと思ったから。
ちゃんと期待に応えてくれる身内。
午前2時なのに、起きてたー!

そんな身内だから、お通夜までの私の不安な気持ちを察して、早めに来てくれたのだと思う。
ご主人、お仕事お休みしてまで・・・・・・・・・・(ToT)(ToT)

「私には駆けつけてくれる身内がいない」と思っていたけど、いたじゃないか。
身内以上の身内が。
ありがとう・・・・・。


その5

24日午後7時からがお通夜。
受付は、訪問教育の先生方が引き受けてくださった。
本当にありがたいこと・・・・。

次々と雄大に会いに来てくださる人達。
私が連絡した人は、ここをご覧の人たちがほとんど。
学校の皆さんには、ほとんどお知らせしていない。
でも、連絡網が駆け巡っていたらしく、春休み中で大変な中、たくさんのお母さん達が来てくださった。

お通夜7時開始。
お焼香してくださる皆様に、チチと並んでお辞儀。
まさか来てくれると思っていなかった遠方のネット友の顔を見て、号泣・・・・。
あの人も、この人も、わざわざ雄大のために足を運んでくださったかと思うと、ありがたくて涙・・・・。
雄大と同学年の子達。
大泣きして、まわりの人たちの涙を誘う・・・
雄大のために、そんなに泣いてくれてありがとう・・・。

夜遅くまで、雄大の顔を見に、たくさんの人が駆けつけてくれた。
会えるはずのない人もたくさん遠くから・・・・。
書いても書いても書ききれないほどの感謝・・・・。
雄大、こんなにたくさんの人に可愛がってもらって、お世話になって、支えられてきたのだ・・・・・。

感謝といえば、お通夜の前後に流された、ある方からのメッセージ。
訳あって、雄大は超有名なその方に、本当によくして頂いたのだ・・・・。
健常の子どもには叶わない夢を、雄大は申し訳ないけれど叶えてしまって。
これを密に障害児特典と呼んでいたけれど、頑張ってた雄大だから、神様からの贈り物だと思う。

その大好きな方からのメッセージは、数年前に頂いたものだけど、その最後は、「さよならするときバイバーイって言うけど、もう会えなくなってしまいそうだから、ぼくはこう言うね。「また会おうねー!」て・・・・・。
この場のためにこのメッセージを考えられたかのよう・・・・・


私たちには気付かないだけで、これはすべて最初から決められていたことなのかもしれない。


その6

25日、告別式の日。
とうとうやってきてしまったこの日。
そのたまらない気持ちを察してか、友人が「どうせ何も食べていないんでしょ?!」と真夜中に具だくさんのお味噌汁を作って持ってきてくれた。
苦労をしている彼女。
だからこそ、このように人を思いやれるのだろう・・・。

あっという間に、告別式開始の午後1時・・・・。
昨日はたくさんの人に足を運んでもらえたけれど、今日は昼間だから、わずかな方にしか来てもらえないだろうと思っていた。
でも、子どもさんを連れて学校のお母さんたちも多く来てくれた・・・・。。

私の遠い親族も、誰に聞いたか参列してくれた。
雄大には一度も会ったことがない方たちだけど・・・・。

お友達がお手紙を読んでくれて、あたたかい雰囲気でお別れが進んでいった。


とうとう最後の最後のお別れ。
頂いたメッセージがエンドレスで流れる中、久し振りに棺の蓋が開けられ、皆さん、次々と冷たくなった雄大に触って涙でお別れしてくださった。
限られた時間・・・・あっという間に雄大はお花に埋もれ・・・・。

皆さんにも、そして雄大にも、ありがとう!という言葉しか出てこない・・・・。

棺の蓋が閉められ、雄大は赤ちゃんの頃大好きだった霊柩車に乗って火葬場へ向かった・・・・。


その7

私は何度もお友達の葬儀に参列しているが、何が辛いって、形がなくなってしまうことだと感じていた。
それがわが身に起こるのだ。

火葬炉の扉が閉まる瞬間、辛かった。
言葉にできないほど辛かった。
でも、でも、雄大は往生際の悪いハハのため、早い段階から真っ黒に変色して顔を大きくして「ほら、どんどんこんなんになっちゃうからね~」と、諦めつかせようとしてくれていた。
仕方ない・・・。
でも、お骨になったら、連れて帰れるんだから。
あと少しの我慢・・・・。

待合室では、春の高校野球を観て楽しげな父方親族。(私の方の親族はお誘いもしなかったから誰も来ず)
雄大が焼かれていても、所詮他人。
耐えがたい悲しみの中、高校野球に盛り上がる声・・・・。

そして・・・・・・・・・・一番一番つらい瞬間・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
雄大は・・・・・・・・・・・・・・お骨になって出てきた・・・・・。
私の雄大。
私の雄大がこんな姿に・・・・。
救急車で病院に運んだ時と同じく「ゆうくん、こんな場所嫌だよね。早くおうちに帰ろうね」という気持ちでいっぱい。

係の方の「ここが●●で、ここが●●で」との説明のあと、各部ひとつずつのお骨がトレイにのせられ、それをチチと私がお箸でつまんで骨壺に入れる。
その後親族が、入れたのかどうか・・・記憶なし。
とにかく、私の視線は、残されたたくさんの雄大のお骨。
大きく太い大腿骨・・・・。

しかし、信じられないことに、それで終わりと・・・・・・・・・・・・・・・・。
そんなばかな!!!!!!!
そこに、目の前のそこにある雄大のたくさんのお骨を、いったいどうするというのか?!
雄大をこんな場所に置きざりにするなんてことは、できない!!
素手で拾い集めようと近寄ったら、熱い・・・・・。
熱くて近寄ることすら不可能・・・・・。

その瞬間から「まだお骨がこんなに残っていますーーーーーー!!!」と私は絶叫し続け。
係の方「お母さま、お気を確かに」と。
確かだよ!!私は雄大を全部連れて帰りたいだけ!!!
あんたにとって、これは必要なものじゃないだろうが!!
私に全部返してよ!!!!!

でも・・・チチが泣きながら「仕方がないんだって・・・・そういうものなんだって・・・・」と私を止める・・・・。
何で止めるのよ!!!一緒に「全部持って帰ります」と言えば、くれないわけはないじゃないか!!!
ねえ!!誰か!!助けて!!!
私の雄大を・・・・・こんな場所に置き去りにしないで連れて帰らせて・・・・・・!!!
でも、親族はみな「取り乱しちゃって」という冷ややかさ・・・・。

わが身を引き裂かれる思いのまま「お骨を持って帰らせてーーー!!」と絶叫したまま、私はチチに帰りの車に押し込まれた。
車の中でも、気が狂ってしまうんじゃないかと思うくらい「今なら間にあうから、車を止めてよ!!!」と頼むが、聞く耳持たず。
挙句の果てには、苛つきながら「そんなこと言ってたらゆうくん悲しむよ!」という親族・・・・・。

結局、私は皆から「気が動転してしまったのね」と思われて終わった・・・・。

その悔しの大きさ・・・・・生まれて初めてかもしれない。
雄大のお骨・・・・・たくさん残してきた苦しみ・・・・たかがお骨と思う人には何を言っても理解されないだろうけれど、私にとっては、もう一生取り返しのつかない悔いなのだ・・・・・・・・・・・・。

後にわかったことだが、西日本と東日本では、持って帰るお骨の量が違うそうだ。
東日本は全骨拾骨といって、最後の灰までちりとりですくって持ち帰る。
西日本は、部分拾骨といって、部分部分の骨しか持って帰れない。
そもそも骨壺の大きさからして、西日本と東日本とでは全然違うそうだ・・・・。

それぞれ慣習というものが存在するため、私のこの耐えがたい悔しさ・悲しさ・怒りを理解してくれるのは、東日本の人達がほとんど・・・・。

私を止めたチチも生まれ育った地域の慣習だから、お骨を一部しかもらってかえらないことを、おかしいとは思っていないのだ。

でもチチさえ私の気持ちをわかってくれていたら、全骨持ち帰ることも可能だったはず。
火葬場のHPには、事前に申し出たら、全骨拾骨が可能と書いてあったのだから・・・・。
どうしてもといえば、レジ袋にでも入れて持って帰れたはず。

もうどう頑張ったって、雄大のお骨は帰ってこないのだ。
だから、なんとかチチを許そうと、頑張ってきた。

でも・・・・火葬場で、雄大の「え?!(置いて帰ってしまわないで!!」)」という念をしっかり感じた私。
それを感じながらも、引きづられ車に乗せられた思いがどんなものだったか・・・・。
それは、雄大が病院で息を引き取った時以上の辛さだった。
そして更に辛いことは、私のこの思いを理解してくれる人が身近にはいないこと・・・・。

このようなことがあり、「子どもが亡くなって、泣く」ということができなくなってしまった私。
悲しみより怒りが勝っているためだと思われ・・・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
読んでくださった皆様、ありがとうございました。m(__)m
これは、雄大を亡くした直後、「忘れてしまわないように」と必死に書きつづったものです。

雄大の死因は、窒息です。
喘息で気管が細くなっていて、一生懸命に息をしなければいけないのに、解熱剤や筋緊張を緩める座薬を使ったため、息をするのを忘れて、眠ってしまったのです。
この安らかな死は、雄大はもちろん、私もチチも願っていたこと・・・・。
いろんな思いは次々と沸いてきますが、安らかに逝けたことは雄大にとって幸せなことだったと思うようにしています・・・。

雄大亡き後、議員さんにお骨の件をお話したところ、火葬場の方に連絡を取って頂けました。
そして、職員の皆さま全員で話しあってくださり、今後私のような苦しい思いをする母親が出ないこととなりました。

予約申込書に、拾骨区分の記載をする欄をもうけたそうです。
そして、遺族の中で拾骨に対して意見が分かれた場合、一度拾骨を止めて遺族同士で話し合いをしてもらい、全員が拾骨方法に納得してから行うようにしてくださったそうです。
本当にありがたいことです。
子どもに先立たれた母親にとって、部分拾骨などという慣習は、残酷すぎますから・・・。

雄大のお骨の一部は、もう私の元へは返ってきませんが、この苦しみを味わう母親はもうこの地域では出ないのだと思うと、雄大は亡くなってからも大きなお仕事をさせてもらったのだと思います。






👆を、亡くなった直後に書きました。 

何年も読み返すこともできませんでしたが、今読み返し、たくさんの方に支えてもらっていたことに改めて感謝・・・。

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No title

もう 9回目 なんですね。

読ませて頂きながら 我が子と 重ねて読んでしまいました。

色々と 違うけど 気持ちは 同じ。

我が子は 解剖しましたけど。

お骨の件、 あられさんは 願いが 叶わなかったけれど
その後の 親御さんは あられさんの お蔭で全部 連れてかえれるようになったことは 素晴らしい事ですね。

あられさんの お蔭ですね。

No title

もう9年なんだねぇ。あの日の朝のことは忘れない。
メールを読んで呆然として「ゆうくんが死んじゃった・・・」
行きたいけど遠いし…って思っていたらダンナが「今夜のお通夜に行こう」って言ってくれて、三人で行ったんだった。

元気なゆうくんには2回しか会えなかったけど、会えてよかった。
最後にサヨナラも言えてよかった。

図書館であの本に出合えてよかった。ネットがってよかった。

あられさんとゆうくんに会えてほんとによかった。

パラオ母さん

パラオ母さんは、以前のブログの時にも読んでくださっているでしょうに、また読んでくださってありがとうございます m(..)m

〇〇君、解剖されたんですね。
あの縫い目、パラオ母さんもご覧になったんですね・・・・。
私、雄大のお友達の解剖語の縫い目を見て号泣してしまいましたもん・・・。
縫い目が実に粗いですよね・・・。 亡くなっているのだから仕方がないのでしょうけど。

お骨の件は、「一人で大騒ぎして」と思う方も多かったようですよ。
こちらの地方は(他でもでしょうか?)子どもが先に亡くなった時は、母親は火葬場には行かないのが常識なんです。
私、後から気づきました。 止めてくれる人も居ませんでした。

行かなきゃ、少ししか持って帰れなかったことも知らずに済みましたよね・・・。

全部のお骨を連れて帰れるように選択できることにはなったようですけど、それも「自分の手柄のように恩着せがましい」ととる方もおられて。

パラオ母さん、人が恐ろしくなりました(T_T)

いたたんさん

本当に本当に、ずっと見守って応援してくれているいたたんさんには、感謝を伝えきれないくらい感謝してるよ m(..)m m(..)m

遠いのに来てくれて、本当に嬉しかったよ!! 雄大も同じくよ!!
いたたんさん一家のことは、雄大が天国からずっと応援してると思うわ。
雄大の恩返し(*^m^*)

お世話になった人達とずっとお付き合いしていきたいと思っていたけれど、リアルで会っても話すことが何も無く・・・・。
何を話しても相手に気を遣わせることになるのよ・・・。
皆さんとご縁が切れてしまって・・・。

こうしてネットで繋がっていてくれるのが一番良い距離感。
これからもどうかヨロシク!

ところで、いたたんさんは、最初は図書館で本を見つけてくれてHPに遊びに来てくれるようになったのね!\(◎o◎)/!
ありがとう m(..)m m(..)m


> あられさんとゆうくんに会えてほんとによかった。
ありがとう m(..)m この言葉を支えに生きていけそう\(*^ ^*)/

No title

あられさん、

今も思い出します。

春休みで、実家に帰っているところに、
電話をもらったんですよね。
ただただ、びっくりで・・・

そして、お骨のこと、
優君を置いて行ってしまう、あられさんの辛いお気持ち、
考えると居たたまれなく、

何もできない私でしたが、
本当に何とかできないのかと、心配するだけで・・・

優君のおかげで、
今は拾骨方法が変わったんですね。
よかった!
優君とあられさんの力ですね。

たくさんの方が、
最後に優君に会いに来てくれたことは、
優君の宝物だね!
優君は、ずっとみんなの中に生きているよ!
そして、
お母さんを、ずっと支えてくれているよね!!
白馬にも、優君の笑顔が輝いているよ(*^。^*)

タロマル母さん

ありがとうございます m(..)m

雄大にとっても、白馬は特別な場所です。


お骨の件、今でも猛烈に怒りがこみ上げてきましてね・・・・。
旦那の顔も見たくないほど。
未だに誰にも私の気持ちなど理解してもらえていないんですよ。
私のことは頭がおかしくなった人だと思われています。
でもお付き合いも無いので、何を思われていても良いですけど。
雄大は、可愛がってくれる親戚が居なかったことが残念ですけど、タロマル母さんをはじめ、ずっと見守ってくださった人達がいますもんね。
本当にありがとうございます。



No title

私も雄大くんには、いっぱいいっぱいお世話になって、思い出、
たくさんの心の支え頂いた一人です。
同じころ、同じような症状で体調崩していた息子。
あられさんとメールやり取りしていて、、、まさかまさかの・・・。
信じられなかった。何にもできず、ただ祈るばかりで。。

私の中では、とても気丈にされていたあられさんだったけど、
たくさんの対応と言葉に傷ついてたあられさんのことを思うと涙です。

今でも、怒ってもいいし、泣いてもいいし、笑ってもいいし、
こうでなきゃいけないなんてない!
お骨のことも、どうして恩着せがましい・・・なんて思う人がいるの?? 私も怒れてしまう。信じられません。

家にも、ゆうくんの心がしっかり残ってます。
毎年キレイなバラを咲かしてくれて、感謝感謝。今年も楽しみなのよ。
ずっと雄大くんあられさんのこと思っていたいです(*ノωノ)

そらちゃん

こちらこそ、そらちゃんにはお世話になりっぱなしで m(..)m
あのネットCMに出して頂けたのもそらちゃんのおかげ。
とっても良い想い出。

雄大が亡くなってから、本当に人が怖くなってしまって💦
でも、私も知らず知らずのうちに失礼なことや人を傷つけることを言っていたかもしれないから、被害者ぶるつもりはないんだけど。

人って、自分より“不幸”な人が好きみたい。
子どもが亡くなっても、お気楽な事ばかりブログに書いているような奴は人気薄💦
そらちゃん今でも見守っててくれて本当にありがとう😿

トーマスくん、大事に育ててくれていてありがとう!!
我が家のトーマスくんは、もう天に召されております(;^ω^)(;^ω^)
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あられ

Author:あられ
旦那と、障がいを持つ二匹の犬と、楽しいことを探しながら暮らしています。 趣味は刺し子のふきん作り・商品モニター・リサイクルショップでお宝探し・畑しごと。

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